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『おもひでさがし』原作小説 参幕

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参幕 町民の時代

町民の時代  江戸時代

戦国時代から現代のフェスに戻ってきた2人は、お互いの顔を見て胸を撫で下ろした。

「いやーさっきはびっくりした!」

「そうね、私もちょっと怖かったわ」

「怪我とかしなくてよかったね。平和が一番だ…」

人は多いが争いのない幕張メッセの中を、次の目的地に向かって歩いていく。

地図が示した3つ目の丸印は『てんしょく堂』ブースだった。

「…よしっ」

少しの緊張を振り払うように手を繋ぎ、深呼吸をして時の古道へ飛び込んだ。

恐る恐る周囲を見渡すと、時代劇で見るような町が続いていた。

「今度の時代は…のどかな感じだね!」

危険がないと思ったのか、マイの頬が緩む。

「平安時代、戦国時代の順番だったから、次は江戸時代かしら?」

「江戸時代かー。たしか、250年以上続いたのよね。その間に着物も変化してるかな?」

「そうね…って、マイ!前からすごく派手な人がこっちに来るわ!」

少女の視線の先を追うと、和傘を片手に持った派手な化粧の男性が威厳を漂わせながら歩み寄ってきている。

2人のすぐ近くで足を止め、見事な『見栄』を切った。

それはすなわち、彼が歌舞伎役者であることを意味する。

「ちょいとそこのお嬢さんたち。おれは市川團十郎と申しやす。江戸の世は泰平の時代。武家の文化から次第に、おれら町人が文化の中心へと移り変わった時代にごぜぇやす」

渋みと張りのある声に、マイと少女の背筋も自然と伸びる。江戸時代での試練が始まったと理解するには十分だった。

「江戸の中期となりやすと、江戸独自の文化が生まれやす。その中心となったのは誰か、ご存じかィ?

1.『武家』
2.『歌舞伎・吉原遊郭』
3.『外国人』」

「うーん…鎖国を長くしていたから、外国人じゃないと思うなぁ」

「そうよね。武士の着物もかっこいいと思うけど、團十郎さんのお衣装もすごくかっこいいから憧れる人も多かったんじゃないかしら。だから、答えは『歌舞伎・吉原遊郭』だと思うわ!」

「おお、よくぞご存じで!」

化粧のせいか表情が読み取りにくいが、笑っているようだ。

「正解は『歌舞伎・吉原遊郭』!江戸中期の服飾を導いたのは、歌舞伎役者や遊女たちにごぜぇやす」

「やったわ!順調ね!」

「さらに時が進んで江戸後期。この頃は度々、贅沢禁止令が出やした。それゆえ、目立たない渋さの中に美を見出しやした。この美意識を表す言葉をご存じかィ?

1.『気障(きざ)』
2.『野暮(やぼ)』
3.『粋(いき)』」

「えーっと…なんとなく粋っぽいけど…」

マイは腕を組んで考える。

「気障も野暮も、今はあんまり褒め言葉としては使われないけど、言葉の意味は変化していくって聞いたことあるしなぁ…」

「確かに、着物が変化していくように言葉も変化するものね」

「うーん…うーーーん…よし、決めた!答えは、スカイツリーのライトアップの名称にもなってる、『粋』!」

今までの問いに比べ、根拠の弱い答えだった。ドキドキしながら正否を待つマイに届いた言葉は…

「正解!」

「やったーーー!これで全問正解、更新だね!」

「すごいわ、マイ!」

少女と手を合わせて喜びを分かち合う。その様子を、市川團十郎は優しい眼差しで見守っていた。

「そう、正解は『粋』。こうした美意識の中で、男性は表地は地味な代わりに裏地や襦袢を派手に。女性は縞や小紋、模様の位置が低い裾模様など、おとなしい柄行になりやした」

「節約をしなければならないときでも、好きな服を着ることを諦めなかったのね!」

「いかにも。さて…試練はここまでといたしやしょう。265年ある江戸の時代は着物の黄金期といえやしょう。ひとまず今日はこれにて」

言い終えると市川團十郎は、もう一度見栄を切ってみせた。

力を合わせて試練に挑む2人への、彼なりの応援なのだろう。

「はい!ありがとうございましたー!」

お礼を伝え、時の古道の前へ進む。

2世紀半を超える大きな時代の中で、着物は民の心に寄り添い続けていた。

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