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『おもひでさがし』原作小説 壱幕

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壱幕 貴族の時代

「時の古道は、決められた順番で回っていくみたいね」

マイの地図に浮かんだ丸印の脇には、小さいが1から5の番号が振られていた。

「それぞれが遠かったりするのかしら?」

「ううん、そこまで離れてはいないかな。せっかくだし、気になるブースがあったら寄っていかない?あ、もしかして急いだ方がいい…?」

フェスを周遊しながら試練に挑もうと思っていたが、少女の事情を考慮していないことに気づく。遅ばせながら訊いてみると、少女は笑顔を向けた。

「いいえ、大丈夫よ。私こういう場所に来るの初めてだから、一緒に歩きたいわ!」

「ほんと!?よかったー!じゃあじゃあ、改めて自己紹介するね。私はマイ。あなたは?」

「あっ、えーと…」

少女の先ほどまでの笑顔が、やや引き攣ってしまった。

「…ごめんなさい。名前を言ってしまうと、試練が強制終了になってしまうかもしれないから、言えないの…」

「えぇっ!?そうなんだ…試練を受けられなくなるのは困るよね…」

「でも、着物を探したいのは嘘じゃないわ!それだけは、信じてほしいの…」

「うん、もちろん。名前で呼べないのは残念だけど、一緒に頑張りましょ!」

「ありがとう、マイ。とっても優しいのね」

嬉しそうに微笑む少女を見て、マイも自然と笑顔になる。

そうして歩いているうちに、最初の時の古道が開かれているブースに到着した。

『3Dプリンタ部2.0』と書かれたブースの、看板の左下あたりが陽炎のように不自然に揺れている。

「マイ、きっとあそこが…」

「…うん。時の古道の入口だと思う」

ゆっくりと近づき、顔を見合わせて同時に頷く。言葉を交わすことなく手を繋いで、2人は時の古道へ足を踏み入れた。

「おっとと…」

創作でよくある浮遊感や景色が歪む光景などはなく、目の前にはフェスとは似ても似つかぬ屋内風景が広がっていた。

「綺麗なお屋敷ね!」

マイが感嘆の声を上げる。板張りの廊下、壁にかけられた美しい布の数々、立派な柱。

このような建物を、マイは教科書で目にしたことがある。

「なんか…源氏物語の世界みたい!」

「やっぱり!私もそう思ってたの」

少女も隣で目をキラキラさせている。

「きっと平安時代ね!雅で素敵…」

うっとりとしていたとき、近くの部屋から一人の女性が出てきた。女性は驚いたように2人を見たものの、その顔にはすぐに柔和な笑みが浮かんだ。

「ごきげんよう。私は紫式部。神様からあなたのこと、聞いているわ。その…変わった服装ね」

「えっ!紫式部って、源氏物語の作者の!?」

「ふふふ、読んでくれたのかしら。ありがとう。ではこの時代の着物について問題よ」

ウキウキといった表情で紫式部が切り出した。

「私が着ているような、平安時代の女官の正装の名前は次のうちどれかしら?

1.振袖
2.十二単
3.束帯」

「あっ知ってる!」

問題の選択肢が出された途端、少女は胸の前で手を合わせた。

「実は紫式部さんを見たときに、素敵だなって思ったの。答えは『十二単』だよね!」

「正解〜!」

パチパチと拍手を送る紫式部。ありふれた動作だが、彼女が行うとなぜか風流に見えるのだった。

「と言っても、『十二単』は後の時代につけられた俗称なんだけどね」

「私が着ている着物より、たくさん重ね着しているのね」

「そうなの!『十二単』は、『着物を12枚重ねた』という意味よ。とはいえ、12枚も重ねることはほとんどないんだけれどね」

「そうなんですね。…ん?なんで後の時代につけられた名前を、紫式部さんが知ってるの?そういえばさっきも『クイズ』って…」

マイの問いに紫式部は恥ずかしそうに笑って答えた。

「神様が『2人にわかりやすくしてほしいから』って、未来の言葉を教えてくださって!新しい言葉ってワクワクするわね。次回作に使っちゃダメなのが悔しいわ…どうにかして…って、いけないいけない。第2問を出すわね

紫式部は軽く咳払いをする。

「そういえば、平安時代と現代…形が似ている着物があるわ。どれだと思う?

1.帯
2.上着
3.肌着」

「えーと…」

着物にあまり詳しくないマイは、少女の着物と紫式部の十二単を見比べた。

「帯は…似てないな。上着も引きずってない…となると…あっ!袖口が似てるから『肌着』かも!」

マイが言うと紫式部はうんうんと頷いた。

「そうそう!正解は『肌着』。『小袖』といって、袖口が狭くなっているところが似ているなと思ったわ」

「言われてみれば、『十二単』の袖口は大きく開いているのね」

少女が紫式部の十二単をまじまじと見ている。

「防寒用に、風を防げる『小袖』に綿を入れて一番下に着るようになったのよ」

「へー!そうだったのね!」

「さて、伝えたいことはまだまだあるけれど、神様の試練はここまでね。私の時代の衣服について、興味を持ってもらえたかしら?」

少し寂しそうな紫式部に、マイと少女は笑顔でお辞儀をした。

「はい!本物の十二単も見られて嬉しかったです。ありがとうございました!」

「よかったわ。気をつけてね」

その言葉を合図にしたかのように、2人と紫式部の間に不自然な陽炎…すなわち時の古道が現れる。

「問題も正解できたし、紫式部さんも素敵な人だったわね!マイ」

「うん!なんていうか、紫式部さんのイメージがちょっと変わったかも!」

幸先のいいスタートを切った2人は、時の古道を使って現代へ戻った。

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