# 幕間
「時の古道も残すは2つ!折り返し地点だね」
「そうね。順調に進んでいるわ」
すっかり仲良くなった2人は、飲食ブースで小腹を満たしているところだ。
「あと2箇所って考えると、なんか寂しいなー。もうちょっと一緒にいたいな、なんて」
最初こそ試練への協力を渋ったマイだったが、少女とフェスを回るのが楽しくなっていた。
その言葉を聞いて、少女は「えっ!」と声をあげて目を輝かせる。
「じゃあじゃあ、もっと他のところも見てみたいわ!」
「本当!?じゃあ試練が終わったらゆっくり回ろうよ!」
「あっ、えーと、今がいいかなぁ…」
「そうなの?」
「うん。その…ちょっと事情があって、今のうちに回りたいなーって」
目を逸らしながら少女は言う。マイはその様子も、少女のいう事情についても、特に気に留めなかった。
「おっけー!どこ行く??」
「そうねぇ…向こうの方に行ってみたいわ!」
「あっちには時の古道がないから、いいかも!」
食べ終わった食器やコップを片付けて、歩き始める。
そのとき、聞き覚えのある癒しボイスが2人を呼び止めた。
否、正確には片方だ。
「こんにちはーっ!そのお着物、すっごい素敵ですね!!」
「えっ!?あ、ありがとうござい、ます!」
少女は突然褒められてびっくりし、マイは思わぬ再会に驚く。
「あっ!着物ブースにいた…えっと、みみさん!」
「覚えててくれたんですね!嬉しいなぁ。とっても素敵な着物だったので、思わず声をかけちゃいましたっ!マイさんのお友達ですか?」
「えーと、はい。そうなんです!」
『神様の試練で一緒にいろんな時代を回ってます』、など言えるはずもなく、マイは誤魔化した。
「うんうん!いいですねっ!この後はどこにいくんですか?」
「それが、まだ決まってなくて」
えへへ、と頭をかくマイの隣で少女はみみさんを見上げる。
「みみさん、ご迷惑でなければ、おすすめの場所とか教えてくれませんか?」
するとみみさんの表情が一段と明るくなった。
「それじゃあ、今から一緒に行きませんか?エンタメブースへっ!」
ブース番号#146「エンタメブース」。
ダンスやヨガ、お笑いなどのエンターテイメントを盛り込んだ少し大きめのブースである。ステージと客席があり、今はちょうど発表の合間で、ステージ上に椅子や譜面台が置かれている。
「譜面台があるってことは、次は演奏とか歌ですかね?」
「そう!このあとは『オーケストラ出張所』の演奏で、着物ブースのメンバーが出演するんです!」
「オーケストラ!たしか別会場でも演奏してましたよね」
「そうそう!オケではコンマスやってた人なんで…あ!始まるみたいですよーっ!」
気づけば拍手が鳴っていた。ステージ上には、バイオリン、フルート、チェロ、トランペットなど、様々な楽器を持った人が並んでいる。
そして前列の一番左端にいる女性は…
「えっ!?ゆかたで、バイオリン!!?」
濃い桃色のゆかたに紫の帯。右手には弓を、左手にはバイオリンを。
「あのゆかたの人が、メリーさんです。メリーさーーーん!頑張ってーーー!」
みみさんが声を張って声援を送る。
お辞儀を終えたメリーはみみさんに気づいたようで、笑顔で手を振って応える。
演奏者が楽器を構える。
演奏者の視線はメリーに集まっており、メリーもまた全体を見ている。
訪れる静寂。
鋭い呼吸音と共に、メリーのバイオリンの先端が、指揮棒のように上に動く。
演奏が幕を開けた。
20分ほどの演奏時間で、情熱大陸やジブリなどの定番曲を4つ。
ブランクのある人や楽器を始めて間もない人もいたというが、そんなことを感じさせない、楽しくてあっという間の演奏だった。
「…以上で、オーケストラ出張所の演奏は終演となります!お越しいただきありがとうございましたー!」
マイクを通したメリーの声は、はつらつとしていてよく通る。観客も惜しみない拍手を送った。
「すごい…」
少女がステージを見つめたまま呟く。
「見たこともない楽器が、あんなにたくさん…息も合ってて、かっこよかった!」
「ねー!すごかった!!オーケストラでの演奏も聴きにいけばよかったぁー」
まだ聴き足りないと興奮冷めやらぬ2人にみみさんが笑いかける。
「フェス開演前にやったオケの演奏は、リベ内限定で公開される予定みたいですよっ。私も着物ブースの準備で聴きにいけなかったので楽しみにしてるんです」
「そうなんですね!私も情報追っていこうっと。音楽チャットですかね?」
言いながらリベシティのアプリを開こうとスマホを取り出したマイの視界に、先程までステージの上にあった濃い桃色の浴衣が映る。
みみさんも少女も気づいたようで、3人は同時にその名を口にした。
「メリーさん!」
165cmはありそうな長身で細身の女性。バイオリンはしまってきたのか、今は手ぶらだ。
「こんにちは!聴きに来てくださってありがとうございます!!」
言うや否や、メリーは勢いよくお辞儀をした。その角度はステージでのものより深く、90度には達しているのではないかと思うほどだ。
「えぇっ!?いや、いやいや!そんな!!」
最敬礼に驚いてマイが手をブンブンと振ると、みみさんが笑う。
「大丈夫ですよ〜。メリーさん、これが通常運転なのでっ」
「は、はぁ…腰痛くなりそうですね…」
思わず出てしまった言葉にメリーは、苦笑いで返す。
「いやぁ、演奏聞いてくれるだけでありがたいので、感謝を伝えたくて勢いが…ね。かたじけない」
「か、かたじけない…?」
「これも通常運転ですよ〜」
「なるほど…」
メリーの勢いに気圧されそうなマイだったが、少女はそんなことお構いなしにメリーに声をかける。
「あっあの、メリーさん!演奏、すごく素敵でした!かっこよくて、きれいで、楽しかったです!」
その瞬間マイには、メリーのテンションのケージが最高値まで振り切った幻像が見えた。
「わあああやったー嬉しいですありがとうございます感無量ですやばっ嬉しすぎる!!」
早口で息継ぎもなしに、ありのままの感情を紡ぐメリー。
悪く言えば子供っぽくもある。良く言えば、彼女は真っ直ぐに物事に向き合うのだろう。
「私も感動しました!知ってる曲も、演奏する楽器が違うとまた違って聞こえて面白かったです。バイオリンって、ゆかた着ても弾けるんですね」
マイも感想を伝える。メリーは恥ずかしそうに言った。
「弾きにくいっちゃ弾きにくいですよ。今回は立って弾きましたけど、座って長時間弾いたら着崩れるし」
「えっ…じゃあ、どうしてそんな弾きにくい格好で…?」
これは少女からの問いだった。そしてマイも同じ疑問を抱いていた。
演奏は生ものだ。たった一回の本番のために何時間も練習しているということは知っている。そして楽器自体、演奏できるようになるまで長い年月が必要なことも。
であればこそ、わざわざ成功から遠ざかるような要素を入れなくともいいのではなかろうか。
しかしメリーはあっけらかんとして答えた。
「んー、楽器も着物も好きだから、ですね。着物で楽器を弾きたいと思ったからやってみました!何事もチャレンジ、チャレンジ!」
そしてグッと親指を立てて無邪気に笑う。
「何事も、チャレンジ…」
マイと少女は同時に呟いた。メリーもみみさんも、大きく頷いている。
「好きなら、やってみたいなら、行動に移しちゃいましょうっ!
「おっ!なんたって『今日が1番若い日」ですもんね!」
にっこりと微笑む着物姿の2人は、今日会ったばかりとは思えないほど頼もしく見えた。
「ありがとうございます!嬉しいです!お2人とも、フォローさせていただきますね」
「みみさん、演奏にお誘いいただいてありがとうございます!メリーさんも、素敵な演奏をありがとうございます!」
2人の感謝に、みみさんとメリーもそれぞれ言葉をかける。
「どういたしましてっ」
「こちらこそありがとうございます!!」
そしてメリーはまたもガバッと深くお辞儀をした。
「さて、私は着物ブースのシフトに戻らないとですが、メリーさんはどうしますか?」
「私はオケのメンバーが出店してるブースを予約してるので、そこへ行きます!お二方は?」
「私たちはもう少しこのあたりを見て回ろうと思います」
「それじゃあ、ここで一旦バイバイですね。お気をつけて!よきフェスを〜っ」
「ここには優しい人や面白い人がたくさんいるのね」
遠ざかっていく2つの着物姿を見送りながら少女が言った。
「うん!リベフェスのコンセプトが『出会いが未来を変える3日間』なんだけど、本当に変わっていく気がする」
そう言って笑うマイの目は、希望で輝いていた。
少女は静かに、だが、心から嬉しそうに笑う。
「きっと変わっていくわ。素敵で明るい未来に。…ところでマイ、あのブースが気になるの」
「いいね!行こ行こ!」
その後2人は小一時間ほど、試練を忘れてフェスを楽しんだ。