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『おもひでさがし』原作小説 伍幕

目次

伍幕 多様性の時代

いよいよ、最後だね…」

マイの口からこぼれた声には、寂しさと緊張が入り混じっている。

その気持ちは、少女も同じのようだ。

試練は最終局面を迎えている。

思い出を探す旅のゴールは近い。

「着いた!ここが5つ目の時の古道みたい」

『台湾遊藝館』ブースに到着したが、妙だった。

今までのブースにあった、陽炎のような空間の揺らぎが見当たらないのだ。

「時の古道の入り口が、ない…?」

「そんな…まさか、時間切れになってしまったのかしら?!」

「いや、でも、地図には確かにここって--」

あわあわと地図を広げようとしたマイの目の端に、台湾遊藝館ブースの反対側にあるブースで手招きをしている男性が映る。

「あれ?手招きしてる人がいるのって…着物ブースだ!」

着物ブースの入り口でマイと少女を迎え入れたのは、着物ブースの出店者2名だった。

そのうち1人は着つけ体験の時に話した女性、るーふぁだ。

「こ、こんにちは。あの、私たち…」

招かれるまま来たは良いものの、今の状況を説明できず口籠もってしまう。

「こんにちは。僕はつくも。2人が来るのを待ってたよ」

つくも、と名乗った長身の男性は爽やかに笑った。袴を履いているように見えるが、よく見るとワイドパンツだと分かる。

「時の古道が見つからなくて焦ってたんだよね。大丈夫。最後の時代はここ、現代なんだ」

「えっ!じゃあ最後のブースはこっちだったんですか!?」

「紛らわしくてごめんね。僕らも神様に協力しているから、カモフラージュをしておきたかったんだ」

「そうだったのね。時間切れじゃなくてよかったわ」

少女は、ほっと息をついた。マイも緊張が解けたようだ。

「では!着物好きの私たちが、現代の着物についてクイズを出すわね」

るーふぁの声に、2人は気持ちを引き締める。

最後の試練が、幕を開けた。

「第1問は僕から。今の時代は普段着として自由な着こなしを楽しんでいる人も多くいるんだ。そこで、帯の代わりとして使われるアイテムはなんだと思う?

1.ベルト
2.コルセット
3.スカーフ」

「ん?そういえば…」

選択肢を聞いたマイは、るーふぁに視線を移した。

「るーふぁさん、さっき来たときにしてたのは普通の帯じゃなかったような?」

「ふふ。さあ、どうだったかしら?」

いたずらっぽく笑うるーふぁを見ながら、マイは着つけ体験を思い出す。

ゆかたを持っていないと話すマイのもとに颯爽と現れて、「チャンスじゃない!」と前向きな言葉をかけてくれたのがるーふぁだった。

そのとき目についた、帯の代わりにつけていたものはーー

「答えは、ファッション用のコルセット!」

記憶を辿って答えたマイに、つくもはニヤッと笑った。

「ファイナルアンサー?」

「うっ…ファ、ファイナルアンサー!」

気持ちは揺らいだが、自分を信じてマイは答えを変えなかった。

「正解は…この画像にあるよ」

そう言ってつくもはタブレット端末の画面を2人に見せる。

そこには、3人の着物を着た男女が写っている写真。彼らが帯の代わりに使っているものに、マイも少女も驚きを隠せなかった。

「え!?この人はコルセット使ってて、この人はスカーフで、こっちの人はベルトだ!」

「じゃあ、もしかしてこの問題って…」

「その通り!どれを選んでも正解なんだ」

「こんな着方もアリなの!?すごく素敵!」

1つ前の時の古道で見た和洋折衷コーディネート。それが現代でも広がりを見せていることに、マイはやや興奮気味だ。

「普段着として楽しむ着物は、かなり自由になってきたと言えるわよね」

着物と聞くと「堅苦しい」とか「着るのが大変」というイメージが強かったマイだが、自由に楽しむという言葉が胸の深いところに響いた。

「じゃあ、最後の問題よ。自由になってきたとはいえ、現代の着物でまず思い浮かべるのは、華やかな振袖じゃないかしら?振袖って成人式以外でも着られる場があるって、知ってる?

1.子どもの入学式
2.結婚式の参列
3.お葬式」

「えっ!振袖って成人式用の着物だと思ってた…」

「そう思われがちだけど、実は成人式限定のものではないんだ。制限時間はないから、じっくり考えてみて」

つくもに促され、マイと少女は相談しながら考える。

「まず、お葬式は除外よね」

「喪服でないといけないもんね。となると、入学式と結婚式…どちらもお祝い事だね。子供の入学式に着物で行くお母さんも多いけど、振袖なのかな…」

「振袖がふさわしいのはどちらか、で考えてみるのはどう?」

「ナイスアイディア!そういえば、近所の小学校の入学式とかで見る着物は、派手というより落ち着いた雰囲気だったような…」

「そうなのね!それに結婚式の参列なら、華やかな方が良いかもしれないわ!」

「確かに!じゃあ、これでいこう!」

お互いに納得し、つくもとるーふぁに向かい合う。

深呼吸をして、少女が答えた。

「答えは、おめでたい席で、派手でも良さそうな『結婚式』!」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー!!」

2人同時に、祈るように両手を胸の前で組む。

つくもとるーふぁの頬が、ふっと緩む。そして同時に告げた。

「正解!!」

瞬間、マイと少女は歓声を上げて抱き合った。

「わーーーい!!やったーーーーー!!!」

「やったわ!全問正解よ!!ありがとう、マイ!!」

「…コホン。感動してるところごめんなさいね」

るーふぁの声で、2人はハッとして居直った。

「『結婚式の参列』で正解よ。ただし、自分が結婚していたら着ない方がいいわ。振袖は未婚女性の第一礼装なの」

「そうなんだ!それじゃあ確かに、子供の入学式には着ていけないね」

「まぁ、正装としてじゃなければ既婚女性でも振袖を楽しむのはアリだけどね」

「私の…じゃなかった!昔とは随分違うのね」

「ん?今なんて…」

「これで僕達からの試練は終わりだよ」

少女の言葉が気になり、聞き直そうとしたが、つくもの声がかぶさってしまった。

「さぁ、神様が待ってるわ。お行きなさい」

るーふぁとつくもの示す先で、神が手を振っているのが見える。

「はい!マイ、早く神様のところに戻りましょうっ」

試練を無事終えたとあって、少女は待ちきれないようだ。

「うん!ありがとうございましたー!」

お礼を伝え、少女と小走りで神の元へ向かう。

だが、マイには引っ掛かっていることがあった。

樋口一葉と話した時、そして先ほど言い直した言葉の違和感。

共に時代を越える試練を乗り越えてきた、名も知らないこの少女は、一体何者なのだろう…。

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