「神様ー!時の古道、全部回ってきました!あ、最後はちょっと違ったけど」
着物ブースの入り口付近で神と合流を果たした2人
「やあ、おかえり。さて、君たちはどれだけ着物に詳しくなったのかな?」
そう言うと神は目を閉じて少し上を向いた。時の古道での出来事を見ているのかもしれない。
10秒ほどして神は目を開き、マイと少女に改めて向き合う。
その顔は驚きと、それ以上の喜びで輝いていた。
「おお…おおおおお!ぜ、全問正解とは!!なんと素晴らしい!!これならば、うん。文句なしで試練合格だ」
全問正解の安心感があったとはいえ、神からの「合格」はやはり特別だった。2人は飛び跳ねて喜びを分かち合う。
「マイ、やったわ!!」
「うん!試練突破できてよかった!それじゃあ神様、着物の場所教えてくれるのよね?」
「うむ。では、両手を出して」
神の指示に従って、少女は両の手の平を上に向けて差し出した。
神がそこに自らの手を重ねると、眩しい光が放たれた。その光はゆっくりと収束し、形を得ていく。
現れたのは、橙色の生地に青海波文様が描かれた綺麗な着物だった。
「あぁ、あった…!良かった!良かった…!!」
「これが、探してた着物…」
少女は着物を受け取り、涙を流した。その姿にマイの涙腺も緩む。
「そうよ…今から100年前の大地震のとき失ってしまった、思い出の着物」
「そうだったんだね…。見つかって良かっ…え!?」
言いかけて、衝撃の単語がマイの脳髄を光の速さで駆け巡った。
「100年前って、どういうこと!??」
「……」
マイの問いかけに、少女は答えない。何かが胸につかえているような、つらそうな表情で着物を見つめている。
「どうして何も言ってくれないの?もしかして、あなたは…時の古道を通ってここに来た、別の時代の人なの…?」
「…神様。もう、伝えてもいいですよね?」
少女の小さな声に、神は無言のまま頷いた。
混乱して、頭に浮かんだことを言葉にしてしまったマイ。
だが、いざ真相を知るとなると、嬉しさよりも緊張が勝る。
「マイ。私がこの試練を受けるときに、2つの制約があったの。1つ目は、試練が終わっても着物は私の手元には戻ってこないこと」
マイの目を真っ直ぐに見つめて、少女は言った。
「そんな…!じゃあ、もう戻ってこないって知りながら、赤の他人の私と試練を…?」
「赤の他人ではないの。もちろん、はじめましてだし、この先会うことも叶わないけれど…あなたが選ばれたのには理由がある」
「…他人じゃないけどはじめましてで、もう会えない私が、選ばれた理由…?」
初対面だが他人ではなく、別れてしまったら2度と会うことはない。その意味を掴めずにいるマイに、少女は愛おしむような声と眼差しで真実を告げた。
「試練のもう1つの制約は…あなたが私の子孫だと悟られずに、試練を終えることよ」
「私が子孫…ってことは、ご、ごご、ご先祖様ってこと!!?」
今まで出したことがないほど上擦った声でマイは叫んだ。それでも周りから視線すら感じないのは、神の力なのだろうか。
その神が、マイの言葉に頷いて肯定する。
「うむ。君は彼女から見て、玄孫(やしゃご)。彼女は君の高祖母。つまり、ひいひいおばあちゃんだ」
「ぜ、全然わからなかった…私、失礼なこと言ったりしてなかったですか?」
急に不安になってしまい思わず敬語になるマイだったが、少女ーーマイの祖母の祖母は、今までと同じ笑顔を向けてくれた。
「うふふ、大丈夫よ」
「なら良かった…!」
「2人が試練に挑みながらフェスを回る様子は、とても微笑ましかったよ。マイ、彼女の着物を受け取ってくれるかい?」
穏やかな笑顔でマイを見る神と少女。
「……」
しかしマイは、どうしても快諾をすることができなかった。
「マイ、怒っているの…?本当のことを隠したまま試練に巻き込んでしまったから…危険な目にも、遭わせてしまったものね…」
「…違うの。そうじゃ、なくて…」
マイの言葉を詰まらせているのは怒りでない。
マイはただ、神の『制約』をどうにかしたいだけだった。
「やっぱり納得できないです!どうして持ち主に返せないんですか?たしかに着物って素敵だし、時の古道で色んなこと知って、私も着てみようって思ったけど…!でもこれは、ひいひいおばあちゃんの、大切な思い出の着物なんです!」
たとえ本人が納得しているのだとしても。この着物を、思い出を、持ち主の元に返したい。それがマイの純粋な気持ちだった。
そしてそれは、少女にも神にも伝わっている。
「マイ…ありがとう。でもね、いいの。あんなに大きな地震があって…家も燃えてしまって、野盗にも遭って。そのときに思ったの。たとえ2度と袖を通せなくても、見ることができなくても。誰かが大切に持っていてくれますように…この世からなくなりませんようにって。今日、それが100年先の未来にまでちゃんと残っていることが分かった。そして、優しい玄孫に託すことができる。こんなに嬉しいことはないわ」
「ひいひいおばあちゃん…でも…でも!」
「君は優しいね、マイ。…分かっているとも。この着物に大切な思い出が詰まっていることは、誰よりも知っている」
神の、静かで淡々とした声。全てを肯定しながらも、マイの願いを聞き届けることはないと言外に示す声。
「だったら…っ!」
どうして叶えてくれないの、と続けることができなかった。神があまりにも悲しそうな目をしていたからだ。
「だが、これが最善なんだ。私は異なる時代を繋げる力を手にしたが…私自身が元の時代に戻る力は得られなかった」
1つ目の『制約』は少女に我慢を強いるものではなく、神ですらどうすることもできないものだった。
本当は、神自身が行きたい時代があった。戻るべき場所があった。
「私はね、1923年に作られて、2023年にこの姿と力を得た。…このときを、100年待った」
「100年経って神様になった…?たしか、それって…」
聞いたことがあった。道具が作られてから、壊れずに100年の時を経ると--
「そうとも。私は九十九神。この着物に宿った霊魂(たましい)なんだ」
その言葉に、少女は弾かれたように九十九神へ向き直った。
「神様が、私の着物そのものだったの…?」
信じられない、と言わんばかりの表情を浮かべるマイと少女に、神は照れ笑いをしながら頬を小さく掻く。
「隠していてすまない。そのまま伝えるとこもできたのだが…せっかく色々できるようになったのだ。あなたと、あなたの子孫が話しているところを見たくなってしまった。それに私も、自分を大切にしてくれる人の所へ行きたいからね」
ウインクをする九十九神を見て、マイは何となしに納得した。
「そういうことだったんだ…通りで、神様っぽくないしお茶目だなって思ってた」
「神様…ありがとう。私に会いに来てくれて、姿を見せてくれて。これで安心できました」
「こちらこそ、私を大切に思ってくれてありがとう。過ごした時間は短かったけれど、あなたに着てもらえて幸せだった」
涙声になりながらも言葉を紡ぐ少女と、柔らかな眼差しの九十九神。
時を超えて再会を果たした2人の姿に、マイの心も決まる。
「そっか…私がこの着物を受け取ることが、2人にとって一番良い方法なんだね」
「うむ。どうか頼む」
「この着物は、あなたに持っていてほしいの」
少女は、ずっとこの現代にはいられない。九十九神は、少女と共に帰ることができない。
違う時代を進む2人が、同じことを願うのならば。
「うん。ずっと大切にするよ」
2人に安心してほしくて、自分史上最高の笑顔で、思い出の着物を少女から受け取る。
「ありがとう、マイ」
少女と九十九神の声が重なった。
そして、九十九神の姿は徐々に透けていき、少女の足元からは金色の陽炎が立ちのぼる。
「…ああ、そろそろ時間のようだ。時の古道が閉じる」
「…お別れなんだね。あれ?もしかして神様はこの着物だから、これからも私と一緒にいるのかな?」
マイの素朴な疑問に、九十九神は明るく笑った。
「ははは。今日で一気に力を使ってしまったから、この先100年は語りかけることもできないよ」
「また100年待つんですか!?」
「いいのさ。私は、私の願いを叶えることができた。十二分に報われている。さあ、時間がない。悔いのない別れを」
晴れやかな声に頷いて、マイと少女はぎゅっとお互いを抱きしめる。
幻などではない、たしかな形と温もりを記憶に刻みつけるように。
「ひいひいおばあちゃん!この時代に来てくれてありがとう。ひいひいおばあちゃんの着物は、私が受け継ぐから…だから、大丈夫!!」
「ありがとう、マイ。その言葉を聞けて本当に嬉しいわ。短い時間だったけど、マイと一緒に過ごせて本当に楽しかった。今日のことは一生の思い出になるわ」
「うん。私も、今日を絶対忘れない!」
「…それでは、お別れだ。2人とも、身体に気をつけて…」
神の声が段々と遠ざかる。
そして2人の姿が完全に見えなくなった。
「行っちゃった、のかな」
賑やかなフェス会場。その一角の着物ブースから始まった、不思議な出逢い。
「100年前の、ひいひいおばあちゃんの大事な宝物。持ち主に会うために、100年間待ち続けた着物」
ほんの数時間の出来事が次々と思い出される。
「なんだか、すごいこと経験しちゃったな」
誰にともなく呟きながら、探し当てた思い出を鞄の中に大事にしまう。そして、丸印の消えた地図を広げる。
「さて、それじゃあフェスの続きを楽しみますかー!」
マイは笑顔で、未来へ一歩踏み出した。
ーーこれは、時を超えた着物の物語。
〜おもひでさがし 完〜